法務局休日相談所の思ひ出(桐友12月号より)

いつのことだっただろうか忘れてしまったが、まだ今年の夏の暑さがその隠された牙をむくよりもずいぶん前のことだったと思う。一本の電話がそれまでの私の静寂な生活を激変させることになった。それは、私のみすぼらしいズボンのポケットで鳴る古めかしい携帯電話の着信音により始まった。そのとき私はその日一日の疲れを癒すこととなるビールを求めて、場末の酒場の中に消えようとしているところだった。電話に出る。「横田ですが。」過去に何度か聞き覚えのあるパンチの効いた野太い声だった。横田さん?横田先生?防府の横田先生であろうか。防府の司法書士の横田先生と言えば電話がかかってくるたびに私に面倒事を持ち込む方である。なぜその横田先生から連絡が来たのだろうか、などと思う間もなく、次の言葉が発せられた。「桐友の編集委員になってもらえませんか」そうか、やはり今回も面倒な用事だったのか。そういういきさつで私は山口県司法書士会の機関紙である桐友の編集委員になってしまったのだ。そしてこの原稿こそが私の編集委員としての最初の投稿となる。もっとも編集委員は桐友の原稿執筆を会員の皆さんにお願いするだけで、基本的に自分で原稿を書くことはないようである。

これまた、いつのことだったか忘れてしまったのだが、山口支部の西村支部長より、「全国一斉!法務局休日相談所」の相談員へのお誘いを受けた。お誘いを受けたというよりも、他の方にお声がけをしたが、ことごとく断られて仕方なく私のところに電話がかかってきたと書いた方が正確かも知れない。ただ、相談会開催の日に私に予定はなかったし、今年は山口支部の定時総会にも出席しなかったという負い目もあり、相談員を引き受けることにした。実は、以前よりこの休日相談所には少しだけ興味があり、一度参加したいと思っていたところでもあったので、私としてはちょうどよい恰好である。

こうした相談会自体は、法務局主催のもの以外にもいろいろあるのは、みなさんご存知のことと思うが、そうした相談会に私も過去に相談員として参加したことは何度かあったので、今回もそれほど気負わずに参加できた。

今回の相談会は、西村支部長と私とが別々のブースに入り、1人で相談者と相対しなければならないということで若干心細かったところもあるが、まがりなりにも司法書士として4年間走り続けてきたので、取り立てて答えに窮するようなことはなかった。

こうした相談会に来ていつも感じるのは、相談者の方はみなさんよく勉強されているなという点である。もちろん、私たち専門家とは比べるべくもないのだろうが、そうはいっても、みなさんが悩んでいることにまつわる知識は、それぞれの方がご自身でいろいろ調べて来場されていてとても驚かされる。結局、こうした相談会に来場されていること自体、ご自身でいろいろ調べた結果であるわけで、世の中には困った問題を抱えながらも、どのように対処したらいいのか、どこで誰に相談したらいいのかさえ分からずに悩んでいる方も多いのだろうと想像するのである。そういった方々のところにも、私たち司法書士がついているということを知ってもらうためには、これからもたゆむことのない広報活動が、司法書士会や日司連、そして我々司法書士個人として必要なのだろうと痛感する。

それぞれの相談の内容については当然ながら詳細を記すことはできないのだが、おおむね相続やそれに関連するご相談がほとんどであった。もっとも、私たち司法書士以外に公証人の先生や土地家屋調査士の先生、それに人権擁護委員の方が相談員として参加しており、それぞれの立場や資格に見合った内容の相談が寄せられているはずである。なにも、みんながみんな相続関係の相談をされていたのではないと思う。

そんな中、午後から私が相談を受けたご夫婦がとても今回印象に残った。ご主人と奥様のいずれも私の両親より少し年上と思しき風貌で、いろいろとお話しを伺ったり、こちらからアドバイスを差し上げたりするときの、わずかな言葉遣いや仕草から、それまでの相談者の方とはどこか違うなと感じていた。ご主人は私の話を必死にノートに書き留めておられたが、時折、いかん、どうもうまくまとめられんとしきりに悔しがっており、なんとなく微笑ましいような気持ちになると同時に私の説明がうまくなかったのだと申し訳ない気持ちにもなった。

結局そのご夫婦とは40分程度お話しをさせていただいたのだが、相談を終わった直後に奥様の方からお声がけをいただき、会場の片隅でご主人も交えて少し雑談をさせていただいた。聞くところによると、そのご夫婦は、若いころ大阪でそれなりに名をはせた方々であった(詳細は伏せさせていただく)。私はお二人の現役の頃をまったく存じ上げなかったのだが、自分も大阪に住んでいたことと、そのご主人のお弟子さん(とりあえずそう表現しておくが、厳密にはお弟子さんではない)の大ファンであったので、そのことを伝えると、大変喜んでくださり、また話も弾んだ。せいぜい10分くらいの雑談であったのだが大変楽しいひと時であった。さらに、驚いたのはその翌日に、どうやって調べたのか分からないが、私の事務所にその奥様から電話がかかってきて、前日の私の拙いアドバイスに対するお礼をくださり、さらに、今後もお付き合いを継続してもらいたいとのお申し出までいただき、私としては大変驚くとともに非常に恐縮もした。とは言え、私自身そのお二人に非常に惹かれるところがあったし、そもそもお付き合いを断る理由もなかったので快諾させていただいた。こうした相談会に参加してそのようなお申し出を受けたのは初めてであり、やはりこの相談会に参加してよかったという思いを強くした。

今回の相談会で気になったのは、お昼ごはんが出なかったことだろうか。昼休憩の直前くらいに法務局の職員の方から、休憩場所と飲み物を用意しているので自由にどうぞと伝えられ、私はてっきりお昼のお弁当も準備されているのかと思い込んでいたのだが、休憩所に行ってみると誰もいない部屋の中にジュースが置いてあるだけ。あれ、弁当がないぞと不審に思ったが、よく考えてみたら職員の方は、飲み物があるとは言ったが、弁当があるなどとは一言も言っていなかった。少々落胆しながら、江戸金でラーメンをすすることにした。宣伝するつもりはないが、江戸金のラーメンはとても美味しい。昼の弁当を法務局が準備していなかったおかげで、この美味しいラーメンを食することができたのだと考えれば、気持ちも晴れる。法務局も予算は限られている。そのことは長期間相続登記未了問題の報酬額で痛いほどよく分かっている。ジュースがあっただけでも十分と言わなければならないであろう。

ついでのように書くことになるが、全体的に見ると今回の相談会は、私にとってはとても充実したものに感じた。少々長丁場ではあったが、またお誘いがあったら引き受けてもいいかなとも思っている。

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