司法書士会山口支部長を引き受けて

こんにちは。山口市中河原町で司法書士事務所を開いております山本崇です。今年の5月から山口県司法書士会山口支部の支部長を引き受けることになりました。その経緯と5月にあった支部総会の様子をエッセイ風にまとめましたので掲載しておきます。以下の文章は山口県司法書士会の機関紙「桐友」にも載せております。


今春の大型連休は4月29日から5月5日まで。カレンダーどおりに仕事をするならば、4月30日は出勤となるのだが、わが事務所の事務員から発せられる無言の圧力に負けて、30日を含め7連休とした。通常であれば、この長期休暇はたいへん楽しいものとなるのであるが、今年ばかりは私の心は晴れなかった。それというのも、5月半ばにせまった山口県司法書士会山口支部の支部総会のことが心に引っかかっていたからだ。それもこれも、ある日私のもとにかかってきた一本の電話がすべての始まりである。

あれはいつだったろうか。2月か3月か、私のおぼろげな記憶をたどっていっても仕方のないことであるが、たしか以前遺言書作成のお手伝いをしたお客様の自宅に用事があって出かけたときだった。その帰り道、私は仁保川河畔、堤防沿いにのんびり車を走らせていた。今夜はコロッケにするべきか、それとも簡単にカレーライスですませるか、いや夜はまだ冷え込むのだから鍋でもよさそうだ。それぞれ調理にかかる時間と自分が帰宅する時刻とを比べながら夕食の献立に悩んでいた。不意にスマートフォンの呼び出し音が鳴る。最近は便利なもので、スマートフォンの着信音が車のスピーカーから流れ、あわせて掛けてきた人の名前もカーオーディオの液晶画面に表示される。「西村」・・・はて、どこかで見たような名前である。西村といえば、たしかうちの事務所によく出入りしていた銀行の担当者の名前だが、彼女は昨年夏に岩国に異動になったはずだ。今さら電話を掛けてくることもあるまい。

とりあえず電話に出てみる。「山口支部の西村ですが・・・」あ、思い出した。綿谷合同事務所の西村先生だ。1年半前に私のところに西村先生から電話が掛かり、法務局の休日無料相談会への出席を打診された。今でもそうだが、当時かなり暇だった私は、どうせこういった相談会はみんな億劫がって相談員を引き受けたがらないのだろう。自分の経験にもなるし西村先生も困っておいでだろうからと、それほど悩むこともなく引き受けた。そのときの相談会でお近づきになった方が、冒頭に書いた遺言書作成のお客様であり、そのいきさつは以前ここにも書いた。

今回もきっと同じように相談会かなにかの連絡なのだろうと軽く考えていた。ところが、西村先生は実に奇妙なことをおっしゃる。この私に山口支部の支部長をやってもらいたいと。詳細は承知していないのだが、支部長というのはそこそこ重要なポストではないのか。私のようないい加減な人間に務まるはずがない。そう言ったのだが、これは決まったことで、もし引き受けなかった場合は、2年後に同じ役が回ってくるだけだと。これには参った。人前に立つだけでもすごく緊張するのに支部長とは。柄じゃない。もっともこうしたことはほかの人もみな同じように考えていて、あちこちで断られたのだろう。だからこそ私にお鉢がまわってきたのであって、そうでなければ私のところに支部長の依頼など来るはずもない。

ものは考えようだ。確かに支部長というのは大変だろう。権力なんて何にもない、ただの雑用係だ。だが、今はさいわいいろいろな行事が厳しく制限されている。この時期の2年間に支部長をやっていれば、平常時の支部長よりはるかに楽だ。さらに2年の任期が晴れて明ければ、その後当分こうした役は回ってこないはずだ。ついでに言えばわずかばかりの手当ても出るらしい。家族でちょっと贅沢な食事をするくらいはできるのだろうし、事務員に臨時の賞与を支給すれば食費の足しくらいにはなるだろう。そのようにきわめて不謹慎な理由から山口支部の支部長を引き受けることにした。

ところで、支部長となるとその権限で自分の手足となって働いてくれるほかの役員を決めることができるらしい。西村先生から候補者リストを見せてもらって、個人的な好みだけで支部役員を選んだ。もっとも同業者とあまり付き合いがないため、ほとんどの方は何となくという基準で選んだのであるが。私としてはぜひとも防府の横田先生を役員に引き入れたかったのだが、本会での役職があるためそれはできないらしい。松岡修造並みに熱い横田先生なら本会の役員をこなしたうえで、さらに支部役員も引き受けてくれると思うのだが、決まりなら仕方ない。

さて、新役員の顔ぶれが出そろえば次は支部総会の準備だ。どんなことをするのだろうかと気になっていたのだが、どうやら何もしなくていいらしい。役員なのに準備しなくてもいいとは、そんなものなのかと不思議だったが、今回の総会までは西村先生その他の方が担当して、私たちは総会後から具体的な仕事をすることになるとか。総会で役員改選があるのだが、新役員就任の挨拶で何を話すのかさえ考えなくていいのだ。なので、本当に何も考えずに支部総会に臨んだ。

総会は5月14日に山口市湯田の防長苑で行われた。詳しいことは分からないが、ここは公務員関係の施設らしい。そのため、山口市の職員を奉じられている私の妻は何かとなじみがあるそうだ。いろいろ優待もあると聞いたことがある。もっとも公務員以外はいっさい利用できないかというとそういうわけではなく、お金さえ払えば自由に出入りできる。そう、世の中金なのだ。ただ、それも今は昔。未曽有の災禍に見舞われているいま、この公務員の福利厚生施設にかつてのようなにぎわいはなく、営業していることがかえってはばかられる事態となっている。総会当日、会場では私たち山口支部関係の人以外はまったく見かけなかった。総会からの帰り際に無料の駐車券をもらうのに後ろめたささえ感じた。

結局総会に参加したのは9名。すべて新旧いずれかの役員である。残りの人はほとんど委任状を提出しているようだ。9名の出席と西村先生のところに届いた委任状とで総会の定足数に達しているのか事前には知らされなかったような気がするが、わざわざ総会を開くくらいだから定足数は満たしているのだろう。そもそも、総会というものを開くにもかかわらず定足数を満たしていないなどという馬鹿げた団体を私は知らない。

総会自体はつつがなく進行した。そりゃそうだろう。何しろこの1年間まともな活動ができなかったし、必要最小限の予算執行しかしていないはずだ。つまり役員として所属会員に説明しなければならないことが何もない。説明すべきことがないのに質問が飛ぶはずもない。当然すべての議案について満場一致で承認の運びとなるわけだ。実に簡単だ。私の人生もこんな感じで過ごせていればよかったのだろうが、なぜか面倒なことばかりが起こる。もっとも何の変化もない平坦な道ばかり歩むというのはなかなかに退屈だろう。苦労は多いがハラハラ、ドキドキの人生もそれなりに楽しいものだ。

新役員としての挨拶は本当に何も考えていなかったので、当たり障りのないことを簡単に述べた。総会後に西村先生に聞いたところによると、今後旧役員と新役員との間で引継ぎがあるらしい。主には会計についてのこととなる。それとは別に役員会を開く必要があるらしい。そのあたりのことは私が個別に西村先生から教えてもらうことにしよう。とりあえず支部総会は何の問題もなく30分もかからず終了した。

会場の外に出ると、傾きかけた陽光が力強く差していた。午前中からよく晴れ渡った一日の黄昏時で、車の中の空気がこれでもかとばかりに熱せられていた。1、2週間前から私の車の中に入り込んでいた小さな羽虫が、この灼熱地獄を乗り越えられたのかどうか私はまだ知らない。

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