『京セラフィロソフィ』

こんばんは。山口市中河原町の司法書士山本崇です。

昨年の話ですが、約1か月前に知り合いの経営者の方から、「自分は京セラの稲盛和夫さんのアメーバ経営に心酔している」というようなことをうかがいました。京セラ、稲盛和夫、アメーバ・・・恥ずかしながら私は稲盛氏のことについてよく分かっていませんでした。なんかそういう人がいるなあってくらいで。当然稲盛氏の業績や考え方なんかも全然知りません。ですので、そういう話を聞いても、そうなのか、そんなにアメーバ経営というのはいいものなのかと軽く感じただけで終わりました。

それから1週間くらい後だったでしょうか、仕事で宇部に行ったときに何となく本屋に立ち寄りました。自分が使いやすい罫線入りのノートを手に取って、その後本をブラブラ見ていたのですが、ふと稲盛和夫氏の『京セラフィロソフィ』という本に目が留まりました。そう言えばあの人が稲盛氏のことを言っていたな、どんなことが書いてあるのだろうと興味をそそられ、中身もあまり確かめず買って帰りました。新書版と同じかそれよりわずかに大きなサイズのソフトカバーの本で、ちょっとした隙間時間に読めるような作りになっていました。で、暇を見つけては目を通していたのですが、そこに書いてある稲盛氏の考え方や思想について、非常に私の考え方と似ているところがあると思いびっくりしました。もちろん、日本を代表する経営者の稲盛氏と片田舎の司法書士事務所の代表でしかない私を同列に扱うのは大変おこがましいことで、私には彼の真似は到底できないのですが、稲盛氏の哲学、形而上学などというものは私のそれらとかなり親和性があるのは間違いないと思います。

もちろん、その部分はいかがなものかと賛同できないところも少なくはないのですが、稲盛氏の思想に流れる通奏低音のようなものが私のものとそれほどかけ離れていないのだろうなと感じます。まあ、こんな大それたことを書くとお前はバカかと言われされそうですが。優秀な経営者の思想や哲学を知ったからと言って、自分の事務所の経営に直接生かせるわけではないでしょうが、最近かなり稲盛和夫氏という人物に惹かれているところです。

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